大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和57年(行ウ)8号 判決

原告

髙山治朗

右訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

今井安榮

被告

愛知県教育委員会

右争訟事務受任者愛知県教育委員会教育長

小金潔

右訴訟代理人弁護士

棚橋隆

大道寺徹也

立岡亘

右指定代理人

鈴木隆俊

白井正巳

本荘久晃

脇田一海

平石和男

永谷敏一

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五三年四月一日付で原告に対してなした愛知県岡崎市立竜谷小学校教諭に補するとの転任処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、愛知教育大学教育学部在学中小学校一級免許状及び中学校二級免許状(理科)を取得して昭和五〇年三月、同大学を卒業し、同年四月被告により愛知県岡崎市公立学校教員に任用されるとともに岡崎市立矢作小学校教諭に補せられ、昭和五二年四月同市立城南小学校(以下「城南小」という。)教諭に補せられた県費負担教職員(市町村立学校職員給与負担法一、二条)である。

(二) 被告は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三七条により県費負担教職員の転任人事に関する権限を有している。

2  本件転任処分

被告は、昭和五三年四月一日、原告を岡崎市立竜谷小学校(以下「竜谷小」という。)教諭に補する旨の転任処分(以下「本件転任処分」という。)をなした。

3  本件転任処分の経過

原告は、昭和五二年一二月、岡崎市教育委員会(以下「市教委」という。)による昭和五三年度人事希望調査において転任希望しない旨意思表示をしたところ、昭和五三年三月一八日城南小校長柴田清(以下「柴田校長」という。)から竜谷小への転任勧告を受けたため、同月二〇日、同校長に転任拒否申入書を提出したが、同月二四日、同校長から竜谷小への転任内示を受け、同年四月一日、本件転任処分がなされた。これに対し、原告は、同年五月一日、処分説明書の交付を要求したところ、被告は、同月一〇日、本件転任処分は「公立学校教育のいつそうの振興を図り、県民の信託にこたえるため、教育行政上の必要に基づき、昭和五三年度定期教職人事異動の一環として行つた」との処分説明書を交付した。

原告は、同年四月一日、柴田校長から「向うへ行つたら担任がないかもしれない」旨申し向けられていたが、竜谷小において、同小学校校長富田file_3.jpg三郎(以下「富田校長」という。)は、原告の意見を聴取することなく学級担任を外した。

4  本件転任処分の違法性

本件転任処分は次のとおり裁量権の逸脱ないし濫用及び適正手続違反があつて違法である。

(一) 裁量権の逸脱ないし濫用

(1) 本件転任処分は、昭和五三年度定期人事異動に便乗して原告の次のような教育活動及び労働条件に関する活動を嫌悪し、これに対する懲戒報復としてなされたものであり、地方公務員法(以下「地公法」という。)五六条にも違反する。すなわち

(イ) 岡崎地区教育界の実情

岡崎地区においては、市教委の各学校、ひいては個々の教師の教育活動に対する指導監督機能が強く(週案の提出もその一環である。)、人事行政においては市教委の裁量権行使の程度が強く、また、竜城会という旧師範学校、現在の愛知教育大学出身者の学閥が人事機構を支配し、竜城会員によつて運営される財団法人愛知教育文化振興会(以下「振興会」という。)が巧妙に公教育現場にくい込んでおり、組合は形骸化して市教委と癒着しており、保護者も保守的でいわゆるお上に柔順な性向がある。このような情況下で、教師の本務以外の作業への無制約な負担現象、超過勤務の多さ、教育活動における自主性、創造性の欠如、職員会議の形骸化、テスト及び知育偏重の教育、保護者による労力負担、金銭負担を当然視する雰囲気の存在等が問題となつてきた。

(ロ) 原告の教育活動及び労働条件に関する活動

原告は、前記各問題点の解決のために、教師の労働条件の改善、超過勤務、本務外勤務のチェック、教師の教育権の保障、管理教育に対する児童の自主性、創造性、個性を重視する教育、テスト偏重、知育偏重、つめこみ主義、画一的教育に対する徳育重視、実地、実践、人間的触れ合い重視の教育の確立、竜城会という学閥支配の打破などをめざして、新任研修の拒否、週案の提出拒否、ビラ撒き活動、有志の会に参加して愛知県教育界の批判活動等をなし、職員会議において超過勤務に反対し、その回復措置について校長に質問し、昭和五二年一〇月二七日には市教委に対し超過勤務と教師の自主研修について公開質問状を提出するなどの諸活動を展開した。

(ハ) 原告の諸活動はその所属する岡崎市教職員労働組合の指示に基づくものではないが、同組合の所属組合員として教育労働者としてあるべき理念に基づいてなしたものであり、同法五六条の「職員団体のための正当な行為」といえる。

(2) 本件転任処分は、被告においてその裁量権を適正に行使するために準則として定めた昭和五三年度定期教職員人事異動方針及び同実施要領に定める事項に合致する事項がなく、定期人事異動にあたつて遵守されるべき裁量基準に違反する。

(3) 本件転任処分は、原告の教育活動を理由としてなされたものであるところ、教育行政当局が教師の教育活動の具体的内容をとらえ、これを失当としてそれだけを理由に不利益処分を行うことは、教育基本法一〇条一項が禁ずる教育への不当な支配に該当し、教師の教育権(学校教育法二八条六項)を侵害することになるから許されない。

(4) 本件転任処分は、一部児童の保護者の原告排除の意図に基づいてなされたものであり、これは、同じく教育基本法一〇条一項が禁ずる教育への不当な支配に該当する。

(5) 本件転任処分は、前記3記載のとおり転任先の竜谷小における学級担任外しと表裏一体となつて、城南小及び竜谷小における原告の教育活動の排除を意図したもので、裁量権行使の目的に反し、動機に著しい不正がある。

(二) 適正手続違反

(1) 被告においては、年度末定期人事異動について前年末から当年一、二月にわたつて該当者に希望と承諾をとる過程が慣行として成立しているところ、本件転任処分においては、前記3記載のとおり原告に対し希望ないし承諾を得る過程が全くなかつたものであり、定期人事異動にあたつて遵守されるべき適正手続に違反する。

(2) 教育公務員については、教育基本法六条二項、一〇条一、二項、教育公務員特例法の定め等の趣旨から条理上教育公務員に独特な身分保障原則に基づく法的制限があり、その一つとして人事権者は、転任の場合事前に当該教員の意見を聴取し、その納得を求める手続を踏むべき義務があり、この手続を欠いた転任処分は違法となるものであるところ、本件転任処分は、昭和五三年三月一四日に柴田校長が市教委に転任を申し出るまで同校長は原告と転任について一切話をしておらず、同日市教委の浅井教育長補佐が原告の転任は時期尚早であり再検討するよう指示したのに柴田校長はなお原告と話し合わず、同月一七日再度市教委に転任を申し出ており、同月一八日市教委が原告の転任を決めてから初めて柴田校長は原告に転任を勧奨しているが、これに対し原告が同月二〇日書面で転任の意思がない旨明示したのに、これを無視して本件転任処分を強行したものであり、本件転任処分前に原告の納得を求める手続は何ら履践されていないから、適正手続に違反し、本件転任処分は違法である。

(3) 地教行法三八条によれば、被告は、原告の転任について市教委の内申の手続が必要であるところ、市教委は何ら決議のないまま昭和五三年三月二〇日被告に対し原告の転任を内申し、これによつて被告は本件転任処分をしているが、市教委の決議がない以上右内申は違法であり、従つて本件転任処分は市教委の内申を欠く結果となり違法である。

5  よつて、本件転任処分は違法であるから同処分の取消を求める。

二  被告の本案前の主張

1  訴えの利益が認められるためには処分が取り消され元の職に戻ることによつて回復すべき法律上の利益が侵害された場合であることが必要であるところ、本件転任処分は、原告にとつて岡崎市公立学校教員としての身分、教諭としての地位、俸給等に異動を生ずるものでないことはもとより、客観的また実際的見地からみても原告の勤務場所、勤務内容等において何ら不利益を伴うものではない。

2  原告の意に反した転任だからといつて処分内容に何ら不利益がない以上これを取り消す利益は存しないし、本件転任処分が懲戒的ないし報復的人事であるということもない。

3  原告の竜谷小への通勤時間は一時間一五分程度(原告主張の一時間五〇分のうち学校での待機時間三五分間は自由時間である。)あり通常公務員の受忍限度の範囲内であり、しかも原告は自己の都合により住居を変更したものであり、これによる不便は甘受すべきである。

4  学級担任を命じられなかつたことについては、校務分掌の問題で竜谷小校長の裁量に属することであり、同小学校富田校長が同校構成員の能力、適正を勘案して決定したものであり、本件転任処分とは関係がない。

5  以上により、本件転任処分は不利益処分ということはできず、原告にはこれを取り消すことによつて回復すべき法律上の利益がないから、本件は訴えの利益を欠き、不適法として却下されるべきである。

三  被告の本案に対する答弁及び主張

1  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。ただし、同3の事実のうち、原告が昭和五二年一二月転任希望しない旨意思表示したのは柴田校長宛てであり、昭和五三年三月二〇日柴田校長が原告に対し「向こうへ行つたら担任がないかもしれない」旨申し向けたのは、城南小における原告の勤務ぶりや父兄の反応から危惧したもので他意はなく、竜谷小において原告が学級担任を外れたのは同小学校の校務分掌の問題であり、本件転任処分とは関係ない。

同4の事実は否認し、本件転任処分が裁量権の逸脱ないし濫用及び適正手続違反により違法であることを争う。ただし、同4の(一)のうち、原告が週案の提出を拒否したことは認める。なお、同4の(二)のうち、(2)につき、教育公務員に独特な身分保障原則の一つとして転任の場合事前に当該教員の意見を聴取しその納得を求める手続履践義務があるということはないし、(3)につき、被告が原告を転任させるにつき地教行法三八条により市教委の内申を必要とすること、本件転任処分にあたり市教委として内申の決議をしていないことは認めるが、岡崎市においては教育長に対する事務委任規則(昭和三一年一〇月一日教育委員会規則第三号)により教育委員会は教育長に対し右内申事務を委任しており、本件転任処分にあたり教育長により内申がなされているのであるから、適法な内申手続を経ている。

同5は争う。

2  本件転任処分の適法性

(一) 本件転任処分の根拠

(1) 被告は、地教行法三七条一項により県費負担教員である原告の転任処分について権限を有しているところ、公立学校(大学を除く。)教員の転任処分は任命権者である被告の自由裁量に委ねられており、転任処分にかかる裁量権は、被告に課せられた公立学校教育の一層の振興を図り県民の信託に答えるため教育行政上の必要に基づき専門的立場から行使するものであるから、その行使につき社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと客観的に認められる場合でないかぎり適法なものというべきである。

(2) 被告は、年度末の定期教職員人事異動に際しては例年人事異動方針を定めて実施してきており、昭和五三年度定期人事異動においても人事異動方針及びその細目としての同実施要領を定めている。これは、被告に付与された裁量権をより公正かつ適正に行使すべく人事に対する基本的態度、方針を内部的に表明し、人事担当職員が原則的にこれに従つて事務を行うよう示す文書であり、その内容はいまだ抽象的、概括的なものであつて、これのみによつて個別的、具体的な転任処分がなされるものではなく、それをどのように具体化するかはなお被告の裁量に留保されているのであり、仮に右原則的な異動方針等に副わない部分があつたとしても、教育行政上の必要性、合理性が存するかぎり適法なものといえる。

本件転任処分については、異動方針第一項「公正かつ適正な異動を行い、人事の刷新を図り、清新な気風の醸成に努める。」、同第六項「市町村教育委員会の内申及び校長の意見を尊重する。」、同実施要領第二項第一号「校長の意見を十分尊重して、各学校の教職員構成の適正化と均衡を図る。」、同項第六号「転任にあたつて、通勤時間は原則として公共の交通機関で片道一時間三〇分程度までは考慮しない。」に合致しているものである。

(3) 公立学校(大学を除く。)教員の転任処分について、転任に際しては「原則として本人の希望ないし指導助言的な話合により得られる本人の承諾に基づくべきである」との原則(「希望と承諾転任の原則」)は一般に認知されたとはいえず、被告がこの原則に拘束されるいわれはない。また、本人の意に反する転任(不意転)の場合、事前に本人の納得を求める手続を踏むことは望ましいが、承諾がなければその転任が違法になるというわけではなく、教育行政上の必要性に鑑み転任事由に合理性があれば不意転も裁量権の範囲内の問題であり適法である。

(二) 本件転任処分の必要性及び合理性

原告は、城南小において、三年一組を担任するとともに、道徳部会、特活指導部会のうち児童活動(特に放送)及び学校行事(特に学芸的行事)等の校務分掌を命じられていたが、次のとおり在任中その行動等に種々の問題があり、その行動が城南小の統一的運営を阻害し、同僚間に不信感、違和感を招来させたのみならず、信託に答えなければならない保護者に対し信頼を失うに至り、今後引き続き原告が城南小で円滑に勤務することは極めて困難であり、また原告のためにもならず、しかも原告においてそれまでの自己の行動等を反省し実践に移す態度、姿勢がみられないとの判断にたち至つたため、被告は、原告を城南小から転出させ、新たな環境に置くことにより再出発の機会を与えることが原告の将来にとつてより望ましく、同時にそれが学校運営の円滑化、教育効果の向上につながるものとして本件転任処分をなしたものであり、右処分には具体的かつ明白な必要性及び合理性がある。

(1) 週間学習指導計画案(週案)の提出拒否

週案は、毎週月曜日に前週の反省とその週の学習指導目標及び指導計画を記載したうえ校長に提出すべきものであるが、柴田校長が昭和五二年四月七日の職員会議において全教員に週案の作成、提出を命じ、原告を除く全教員は週案の作成、提出を行つてきたのに、原告は、校長及びその命を受けた教務主任から再三にわたりその提出を命じられたのにもかかわらずこれを拒否し、その在任中一度も提出に応じなかつた。

週案は、教員にとつて極めて直接的で重要な役割を持つとともに、学校の教育を統括する校長が全ての児童に一定水準の教育内容が保障されるようクラスの学習進度、教員による指導状況、指導時数を把握するなどし、必要に応じて教員に対する指導助言にも資する極めて重要なものであり、これなくては、無計画、場当たりの指導、非能率な指導となるばかりでなく、教育過程の完全実施が困難となる事態を招きかねないものであるのに、原告は、校長の命令を無視し、独善的態度を示した。

(2) 文集作成に対する非協力的態度

柴田校長は、昭和五二年度において八月と二月の二回にわたり各クラスから児童数名の作文を選び、全校的に集めて文集を作ることを職員会議に諮り決定した。これに対し、原告を除く学級担任全員が協力したのに、原告のみは自己のクラスの児童に十文な作文指導を行わず、文集登載への協力をしなかつた。

児童に作文を書かせることは児童の思考能力を高めるのに役立つものであり、教員は児童の作文能力を養成すべく適切な指導を実施することが極めて重要であるといわれているのに、原告は、校長の命令を無視し、職員会議了解事項をも拒否して同僚との協調性を欠き、非協力の姿勢を示した。

(3) 学習指導における計画性及び節度の欠如

(イ) 原告は予め定められている時間割を無視して体育の授業を二時限連続で行うことがしばしばあつた。このため、知育、徳育の分野の学習指導が不十分になることが強く憂慮され、社会科は授業時間が少なく、児童のノートに記載が少なかつたことから、原告の学習指導について保護者からの抗議、苦情が学校側に寄せられた。

(ロ) 教科のテスト類(振興会発行のもの)を児童の保護者から徴収した金員の一部で購入しているにもかかわらず、原告はこれを使用しないで廃棄した。なお、右テスト類は、校長が年度当初の職員会議に諮り決定したものであり、原告はこれに反対なら職員会議で反対の意向を表明するか遅くとも購入時に申し出るべきであり、また、購入後は児童に配布するなど然るべき処理方法があつたのに、このようなことを一切行わなかつた。

なお、テストは、教員にとつては児童の学習成果を測定し、自らの学習指導方法の反省に資するものであり、児童に対しては自覚と反省を促す効果を持つものである。

(ハ) 夏期休業、冬期休業時には、家庭学習の一助として復習、練習問題を主たる内容とする日誌(振興会がまとめ役をして教員の代表が集まつて作成したもの)を保護者から徴収した金員で購入し、各学級担任は右各休業が始まる直前にこれを児童に配布し、各休業終了後に回収するが、原告は、日誌の点検評価を行わず、児童に返却もしないで放置した。

日誌は、教員にとつて長期休業中における児童の家庭学習の実態を把握するため貴重な資料であり、児童にとつても教員の評価、返却を期待して家庭学習に精励するのである。

(ニ) 原告は、学期末(特に二学期末)のクラスの児童の学習評価において、学校に保存する一覧表と保護者に知らせる通知表の記載内容が大幅にくいちがつているなど、無責任かつ節度を欠く行動をとつた。そのくいちがいの内容は、故意とも思われる程のでたらめな記載であつた。

(ホ) 原告は、授業時間中、教壇の椅子に腰掛け、足を教卓に投げ出して学習指導にあたつたり、年間を通じて長髪で髭をはやし、ジーパンを着用するなど児童の模範たる教師にふさわしくない態度、身なりであつた。

(4) 教員の資質に関するその余の問題行動

(イ) 原告は、放送係として給食の時間帯における校内放送で音楽を流していたが、ピンクレディ、アグネスチャン、麻丘めぐみ等の歌謡曲を繰り返し放送したため、柴田校長は原告に対し現在学習しているものなどの児童の発達段階に応じて系統的に放送するよう指示したが、原告はこれに応じず、昭和五二年一〇月二四日、原告は校長の命を受けて注意、指示した教頭に反論のうえその日以降放送係の職務を放棄した。

(ロ) 城南小では、現職教育(その職のままで学校内外の研修に参加すること)の方針として基礎学力作りを取り上げ、昭和五二年五月一九日は国語、同年九月二二日は算数について職員室ないし会議室で全教員が参加して研究授業が行われたが、原告は、いずれの研究授業においても教材研究の不足、指導方法の不徹底が目立つなど教育研究の熱意に欠け、他の教員に多大の迷惑をかけた。

(ハ) 柴田校長は、昭和五二年七月一八日職員会議に諮つて、同年八月二四日から同月三〇日まで第二期校舎完成に伴う環境整備、備品等の移転作業を行うことを決定し、右期間中全職員はもとより高学年の児童及び保護者も参加して作業に従事したが、原告のみは出勤したものの作業に従事せず、協調性を欠いた。

(5) 児童の保護者からの信頼喪失

原告は、自己主張と独善に固執したため次のとおり児童の保護者から苦情や抗議を受け、その信頼を失つている。

(イ) 原告は、昭和五二年一二月二〇日、二一日の両日開催された第二学期末の学級懇談において保護者から日頃の学習指導方法が不十分である旨指摘された。

(ロ) 同月二一日、学区総代会長から校長に対し、多数の保護者が原告について体育ばかりやつて他の教科をおろそかにしていると苦情を言つている旨の抗議があつた。

(ハ) 昭和五三年二月二五日、城南小PTA会長から校長に対し、右同旨の抗議があつた。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  訴えの利益

本件転任処分は、次のとおり地公法四九条一項の「不利益処分」に該当するから、本件転任処分の取消を求める法律上の利益があり、訴えの利益は存する。

(一) 転任処分は、当該教員の教育活動を展開する場所が異動するものであるから、教職の専門性と教育権保障の原理(教育公務員に独特な身分保障原則)により、転任処分によつて岡崎市公立学校教員としての身分、教諭としての地位、俸給等に異動を生じない場合であつても、不意転については当該教員の教育計画を不当に奪うものとして一般的に地公法四九条一項の「不利益処分」に該当すると解するべきである。

(二) 不意転が一般的に「不利益処分」に該当するとはいえないとしても、本件転任処分は次の点において「不利益処分」に該当する。

(1) 本件転任処分は、城南小在任わずか一年間という短期間でなされたものである。教職の専門職性とその教育権保障の原理からいえば教師の現任校における教育計画は尊重されなければならないところ、教師の現任校での教育計画は少なくとも三年程度の期間で立てられるものであり、岡崎地区でも通常三年ないし五年で転任がなされており、一年間で転任されるのは極めて異例であり、原告の教育計画を否定し、原告の教育活動を阻害している。

(2) 本件転任処分は、昭和五三年三月一七日市教委が転任を決めてから初めて原告に対する転任勧奨がなされており、そのうえ、原告の明示の転任不同意の意思表示をも無視してなされたものであり、通常の手続と対比すると不意転の中でも異例に属するものである。

(3) 本件転任処分は、転出先の担任外しと表裏一体であり、被告は原告が竜谷小において学級担任を外されることを意図してなしたものである。

すなわち、原告は竜谷小の加配として同校に配置されたが、これは同校の富田校長が特別に必要があつて希望したわけではなく、また、一般的にどの校長も加配の希望は有しているものであるから、竜谷小だけが加配を受けるべき特別事情があつたのではない。また、通常、加配があれば教務主任、校務主任が学級担任を外され、主任としての仕事に専念するのに、本件の場合主任が学級担任を継続し、原告が学級担任を外されたのは不自然であるし、また、原告と同時に竜谷小に理科主任資格者で、原告より二、三年経験年数の多い山本教諭が転任したが、これは昭和五三年三月になつて原告を担任から外すために急拠転任が決まつたものである。さらに、柴田校長は、同年四月一日の転任辞令交付時に原告に対し、「向こうへ行つたら担任がないかもしれんでな。」と述べている。

(4) 本件転任処分は、原告の教育活動の侵害、排除の意図が明確である。教師が児童、生徒の教育にたずさわることは単に義務というだけではなく、教師に認められた固有の権能であり、この権能は不当に奪われてはならないのであり、学校教育法二八条六項が「教師は児童の教育をつかさどる」と定めたのもこの趣旨であり、教育公務員特例法五条一項は大学教員の異動について「大学管理機関の審査の結果によるのでなければ、その意に反して転任されることはない」として一般的に不意転が不利益処分となるとしているのであり、大学以外の教員についてこのことがそのままあてはまらないにしても、本件のように当該教師の教育活動排除の意図が明確な場合には、教師に認められた教育権能を侵害するものとして不利益処分と解すべきである。

(5) 本件転任処分は、原告の教育活動、労働条件に関する活動を嫌悪してなされたものであり、地公法五六条の「不利益な取扱い」に該当し、この点においても地公法四九条一項の「不利益処分」に該当する。

(6) 通勤時間においても不利益になつている。

2  本件転任処分の必要性及び合理性に対する反論

(一) 被告主張の転任事由に対する反論及びその原告活動上の位置付け

(1) 週案の提出拒否

週案について、校長がその提出を命ずる法律上の根拠ないし、校長の教師に対する教育内容のチェック、統制という危険を否定できず、教師の教育の自由と独立を保障する観点から好ましくない。また、年間の授業計画の樹立と円滑な進展は週案の提出がなくても十分可能である。

従つて、教師の教育権の保障を大切にしていた原告が週案の提出を拒否するのは当然であつて、これに否定的評価を与えるのは不当である。

(2) 文集作成への非協力

第一回の文集は校舎完工記念ということであり、原告は集約から原紙切りまで協力している。

ところが、この文集は、職員会議で有償と決まつたわけでもないのに、一部一五〇円で配布され代金が保護者より徴収され、これに対し、保護者から城南小では買わせることが多いと批判があり、原告は、当然のごとく保護者から実費名目で金員を徴収する岡崎地区の教育に改めて疑問を感じ、この点を職員会議で問題として提起して第二号の作成に反対し、一部協力しなかつたものであり、理由もなく協力しなかつたものではない。また、原告が作文教育を無視していた事実もない。

(3) 授業時間

原告は、算数、社会の年間計画の授業時間数を削つたことはない。体育の授業を二時間連続してやつたことはあるが、この程度は教師の裁量に委ねられた範囲内である。社会科のノートへの記載量が少なかつたというのはフィールドワーク重視の体験的学習をしていたためであり問題とされるべきことではない。体育の時間を多くしたのは、城南小が新設校のため従前と違つた学区の児童が集まつてきており、児童同士の融和が薄かつたので、動く中から友達を見つけ互いに心の通じ合う関係を作ろうとの積極的意図によるものであり、否定的評価を受ける筋合ではない。

被告の主張は、知育教育、テスト教育、画一的教育に不当に偏した考えであり、教師の教育の自主性、創造性を軽視するもので不当である。

(4) テストの破棄

原告は、テストを全く使用しなかつたわけではなく、テストの教育上の重要性に対する評価の相違と振興会テストの使用が半ば強制されていたことに対する批判から他の教師よりその使用量が少なかつたにすぎず、教科指導に手を抜いていたわけではない。

テストは本来各教師が担当クラスの実情に合せて自ら作成すべきであり、業者テストが採用されるとしても現場教師の十分な意見交換によつて適切と思われるものを採用するべきであるのに、岡崎地区では、振興会テストが巧妙に公教育にくい込んでおり、教師の意見は殆ど無視され、城南小においても四月の開校時には既に振興会テストが到着しており、職員会議における議論さえ一切なされていない。

被告は、保護者より代金を徴収しているテストを破棄した点を非難しているが、振興会テストに右のような問題がある以上、その非難は、教師の意見を無視して振興会テストの使用を強要している実態及び本来無償であるべき義務教育のテスト購入のために保護者に金銭負担をさせていることに向けられるべきである。

(5) 夏期、冬期休業中の日誌

原告はいずれも日誌の点検評価をしており、ただ、冬期休業中の日誌について返却を失念しただけである。

(6) 通知表

原告の注意不足であり、この点についての指導は終了している。

(7) 校内放送

原告の子供の自主性尊重という指導方針で行つた教育実践の一つと評価すべきである。なお、中学校の音楽教育に歌謡曲が採用されている例もある。

(8) 服装及び授業態度

ジーパン等の服装等については各教師の自由に属することであり、また、授業中に教壇に足を投げ出していたことについても多少行儀が悪いにしても、いずれも格別問題とされるべきことではない。

(9) 現職教育としての研究授業

原告が研究授業について非難されることはない。

(10) 環境整備作業

城南小において、同校が新設校ということもあり、新学期以来教師が環境整備の名のもとに無制限にも等しい作業を負担させられている実情にあつたため、原告は、それまではこれに協力してきたが、昭和五二年八月二四日ないし三〇日については、保護者、児童、教師の労働奉仕が当然という風潮に敢えて問題提起する意味で協力しなかつたものである。これらの作業は各教師の自主的な意思に基づいてなされるものであるから、これを断つたからといつて否定的評価をするのは不当である。

(11) 保護者の信頼の喪失

原告が保護者からの苦情を聞いているのは一件だけであり、その他は柴田校長から聞いたこともなく、苦情の実情も真偽も不明である。

仮に、苦情があつたとしても、一部の保護者が原告排斥の意図のもとに申し立てた可能性が大きいから、苦情があつたからといつて原告に苦情の実情を伝えられることもこれに対する話合の機会もなく、また、校長が保護者から事実を確認し、教師を指導、助言するという過程を踏むこともないまま、一部保護者の排斥運動をそのまま容認するのは不当である。

(12) 同僚との不信感、違和感

原告は、これまで述べたような岡崎地区の教育界の実情の中にあつて教育活動及び労働条件に関する活動を展開してきたものであり、右活動が校長、教頭、教務主任等の管理職と軋轢を惹起したことはあるものの、一般教師からは相当の評価を得ていたのであり、同僚の不信感、違和感といつてもその実態は管理職の原告に対する反発にすぎない。

(二) 以上のとおり、被告は原告の正当な教育活動及び労働条件に関する否定的評価を加え、これらを非難しているものであり、本件転任処分に必要性及び合理性がないことは明らかであり、本件転任処分は違法な処分というべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一被告の本案前の主張について

一被告は、本件転任処分は地公法四九条一項にいう「不利益な処分」に該当せず、したがつて、原告には本件転任処分の取消を求める法律上の利益は存しないから、本件訴えは訴えの利益を欠くものであり不適法として却下されるべきであると主張するので、この点から検討することとする。

二原告が県費負担教職員たる岡崎市公立学校教員であり、被告が地教行法三七条一項により原告の転任人事に関する権限を有していること、被告が原告に対し本件転任処分をなしたことは当事者間に争いがない。

そこで、県費負担教職員たる公立学校教員の転任に関する法制についてみるに、前記のとおり地教行法三七条一項によれば被告は県費負担教職員たる公立学校教員の任命権を有しているところ、同法三五条、地公法一七条一項によれば任命権者は「採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により」職員に対し一方的に任命権を行使することができるものと定められているだけであり、教育公務員特例法五条一項の適用のある大学教員等の場合と異なり、地公法は転任について職員の同意を必要とするなどの格別の処分要件を規定していないし、また、転任に対する不服申立手段も特別には設けていないところである。したがつて、地公法は、転任処分それ自体を職員に不利益を課する処分とは考えていないことがうかがえる。

他方、地公法四九条の二第二項によれば同法四九条一項にいう「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」についてのみ不服申立を行うことができるものとされ、かかる「不利益な処分」については同法五〇条三項によりその救済として当該処分の取消を求めることができるものと規定している。

以上によれば、地公法は、転任処分について、それが「不利益」を伴うものであければ職員に対し当該転任処分を取り消して元の職に戻すべきことを求める権利を認めない趣旨であると解される。したがつて、転任処分は、不利益な処分と認められる場合に初めてその取消を求める訴えの利益があるものというべきである。

そして、地公法は、前述のように転任処分それ自体は、たとえそれが本人の意に反するものであつても不利益な処分とはみていないのであるから、公立学校教員に対する同一市内の公立学校の教諭に補する旨の配置換において、身分、俸給等に異動を生じせしめるものでなく、客観的また実際的見地からみて勤務場所、勤務内容等においてなんらの不利益を伴うものでないような転任については、他に特段の事情の認められない限り転任処分の取消を求める法律上の利益を肯認することはできないものというべきである(最高裁判所昭和六一年一〇月二三日第一小法廷判決参照)。

三そこで本件転任処分の不利益性について検討するに、これが同一市内の公立小学校の教諭に補する旨の配置換であることは前示のとおりであり、また、原告の岡崎市公立学校教員としての身分、俸給に異動が生じたとの主張はないので、まず原告の勤務場所、勤務内容等に実際的、客観的見地からみた不利益があるかという点について考察を加えるものとする。

〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

1  城南小は昭和五二年新設で当時一三学級の学校編成であり、竜谷小は新築移転後間もない学校で当時一二学級の学校編成であつて、いずれも新設ないし新築校ということで類似し、学校規模としてもほぼ同程度であり、かなり共通性のある勤務環境ということができ、また、通勤時間について、竜谷小の場合公共交通機関を利用すると待ち時間も含めて約一時間五〇分を要するものの、これは原告が自己の都合により住所を移転した結果でもあり、さらに、原告が現在通勤に利用している自家用自動車では約一時間一〇分程度の通勤時間となり、城南小への通勤時間と大差なくなること

2  本件転任処分により竜谷小は加配となつたため、原告は、城南小において三年生の学級担任をしていたのに竜谷小において昭和五三年度は富田校長から学級担任を命じられることなく、理科及び体育の教科担任のみを命じられ、昭和五四年度から学級担任を命じられてこれを担当しているものであるところ、富田校長が昭和五三年一月市教委に対し提出した「昭和五二年度末教職員人事異動資料」には理科主任適任者の配置を希望する旨記載があるだけで特に竜谷小において加配を要求する旨及びその理由の記載はなく、竜谷小に保管してあつた同資料の控えにのみ鉛筆書きで「学校の特殊事情(工事中・西地区)加配を希望」との走り書き様の記載があるだけであり、しかも、本件転任処分と同時に原告より二、三年経験の多い理科主任適格者が転任してきたため同人が理科主任となり学級担任も持つたこと、また、柴田校長は原告に本件転任処分の辞令を交付した際、原告に対し転任先では学級担任がないかもしれない旨申し向けていること

3  原告が城南小に在任した期間は一年間であるところ、かかる短期間で転任する例は少なく、本件転任処分のあつた昭和五三年度の岡崎市における定期異動総数約三五〇件のうち在任期間一年間の転任は本件転任処分を含めて二、三件にすぎず、五年ないし八年位在任した後転任するのが通常の形態であつて、一年間での転任というのは健康状態とか家庭の事情など特殊な事情のもとでなされる極めて異例なものであること、また、一般的には教職員が有効に教育効果を達成するためには在勤する当該学校、学区、児童等を把握、理解することが必要であり、そのためには一年間程度を必要とするから二年目ないし三年目になつて教育の成果を十分に上げることが可能となるものと言われており、被告及び市教委も一年間で転任することは望ましいものではないという見解を有しており、さらに、被告が昭和五三年定期人事異動のために作成した「昭和五三年定期教職員人事異動実施要領」においても「各学校の教職員構成(年齢、性別、教科、勤務年数等)の適正化と均衡を図る。」旨定められていること

4  本件転任処分は原告の事前の同意を得ることなしになされていること

以上の事実によれば、まず、本件転任処分によつて原告の勤務場所に関し客観的、実際的見地からみて不利益があるものということはできない。確かに通勤時間において若干長くなつたことは否定できないが、同じ岡崎市内であつてこの程度の通勤時間であれば公務員として受忍限度の範囲内というべきであり、これをもつて不利益なものということはできない。

また、原告は、本件転任処分によつて竜谷小において学級担任から外されたことにより勤務内容に実質的な不利益が生じたものと主張するが、学級担任を命じるか否かは校務分掌の問題であつて当該小学校の校長の権限に属する事項であるから(学校教育法二八条三項)、被告のなした本件転任処分とは直接関連性を有せず、原則として本件転任処分による法的効果ということはできない。ただ、市教委は校長を含めた県費負担教職員の服務を監督し、これに対し職務命令を下す権限を有する(地教行法四三条)ものであり、被告は市教委の内申に基づいて県費負担教職員の転任処分をなす(同法三八条)ものであるから、被告ないし市教委が校長の有する校務分掌決定権限に影響力を行使することは可能であるので、被告ないし市教委が、原告を学級担任から外すことを意図して本件転任処分をなすとともに竜谷小の富田校長に右影響力を行使して原告に学級担任を命じないようにしたものとすれば、学級担任を外れたことを本件転任処分による法的効果であると解する余地も残されているとはいえるが、原告主張のように前記2の認定にかかる富田校長作成の「昭和五二年度末教職員人事異動資料」の記載の不自然さ及び柴田校長の発言等をとらえて本件転任処分は初めから原告を学級担任から外すことを意図したものであると認定することはできないし、被告ないし市教委が富田校長に対し原告に学級担任をさせないよう指示したとか竜谷小において原告が学級担任をすることができないような状況を意図的に作出したかということを認めるに足りる証拠もない。従つて、結局原告が竜谷小において学級担任から外れたことは本件転任処分と関連性がないものというべく、他に本件転任処分によつて原告の勤務内容に不利益が生じたという主張立証はない。

四原告は、更に、本件転任処分が在任一年の短期間しか経ない時期になされたことにより、原告の教育計画は否定され、かつ教育活動を阻害された結果、原告に不利益をもたらした旨主張する。

たしかに、本件転任処分は、前記三の3の認定のとおり在任一年間という短期間の転任であり、岡崎市においては健康上の理由とか家庭の事情などの特殊な事情がある場合にしかこのような転任は行われていないというのであるから、これらに匹敵するような事情がないのに本件転任処分がなされたものとすれば、それは原告の勤務条件に関し異例の措置がとられたものと評価されるべきものである。また、これを教育的見地からみてもかかる短期間の転任は十分な教育効果を達成するという観点から阻害要因となりかねないものであり、かかる転任が本来教育をなすうえで決して好ましくないことは被告も自認するところである。すなわち、教育には計画性、継続性が必要であり、教育成果を上げるためにはある程度の時間的継続を要することは明らかであり、殊に、学校教育においては、前記三の3認定のとおり赴任した最初の一年間は当該学校を理解、把握するために必要な準備的期間というべきもので、教育の成果が現れるのは二ないし三年間を要するというのであるから、当該学校において教育成果を十分に上げるためには少なくとも二ないし三年間程度勤務することがより望ましいところである。被告が「昭和五三年定期教職員人事異動実施要領」において転任にあたり教職員構成の適正化を図るとしたうえ、考慮すべき事項の一つとして勤務年数を掲げているのはこの趣旨も包含しているものと解される。

しかしながら、このようにある期間継続的に同一校に勤務することにより教育効果を高めようというのはあくまでも一つの教育理念であつて、これが教育そのものの本質的要請であるとか、普通教育の目的、すなわち、心身ともに未だ発展段階にあり十分な判断あるいは批判能力を備えていない児童に対して、民主社会の構成員として必要な資質を養い、基礎的知識、技能、徳性を備えさせること等(学校教育法一七条、一八条、三五条、三六条)を達成するための必須要件であるとまで言えないことは論をまたないところである。しかも、この理念は教師個人の次元のものではなく、これに児童生徒その保護者をも包摂した教育にかかわるもの全体における理念というべきものであることからして、これをもつて個々の教師が享受する利益であるとか権利といつた性質のものとは到底考えられない。このことは、岡崎市において少数ながら見られるという同意による一年転任をして、教師の側における権利や利益の放棄と観念するのが極めて不自然であることからもうかがわれる。

また、学校教育法二八条六項で教師は児童の教育をつかさどるとされ、教育基本法一〇条一項では教育が不当な支配に服することなく行われるべきこととされているが、これらの規定が普通教育を担当する教師に対し、広く原告の主張するような教育権を付与保障したものとは解されないから、これに依拠して、教師が一年を超える期間にわたつて同一校に勤務する法律上の利益を有するとすることも相当でない。

五次に、原告は、本件転任処分は原告の教育活動、労働条件に関する活動を嫌悪してなされたものであり、地公法五六条の「不利益な取扱い」に該当する旨主張し、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は岡崎市教職員組合に所属していること、城南小において原告なりの教育労働者として理念に基づいて教育活動及び労働条件に関する活動をしてきたことが認められる。

しかるところ、同条は不利益処分にとどまらず幅広く不利益な取扱いを禁止しているのであるが、いずれにしても、本件転任が原告にとつて不利益を伴うものと認められないことは先に判示のとおりであるから、結局原告のこの点の主張は採用できない。

また、原告は本件転任が適正手続に違背してなされたとも主張するが、本件転任は原告にとつて不利益処分でも同取扱いでもない以上、この点について判断するまでもないところである。

第二以上の次第で、原告は本件転任処分の取消を求める法律上の利益を有するものということができず、本件訴えはその利益を欠くものであるから、その余の点について判断するまでもなく不適法なものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官福田晧一 裁判官根本渉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例